日本の競走馬のトレセンは欧米に比べ何故労働災害が多いのか

ある競走馬のトレセンを所轄する労働基準監督署の所轄地域全体の労働災害(休業4日以上)の約1/4をそのトレセンが占めています。
災害発生状況は、落馬、突然馬に噛まれた、突然馬に蹴られたなど不意に馬に攻撃されるものが多くなっています。
そこは毎年あまりにも労働災害が多いのでもっと減らさないと労災保険料を上げるぞということで毎年本省から指導が入っていました。

しかし、欧米、特にヨーロッパの競走馬のトレセンは日本に比べて非常に労働災害が少ないです。

それは何故か。

原因は日本のトレセンの安全衛生管理体制に問題があるのではありません。
これは非常に奥深いものがあって、馬は非常に神経質で警戒心が強い動物です。
日頃から世話になっている厩務員と慣れ親しんでいたとしても少し気に入らないことがあれば突然厩務員の肩を噛んだりするのです。
ところが欧米ではこのような労働災害はほとんどないそうです。

これは私の推測ですが、日本とヨーロッパの違いは競走馬に対する歴史の違いからくるのだと思います。
ヨーロッパは馬の生産地で生まれたころから家族同然のように育てていくので馬は人間を敵ではなく家族であるという長年の意識がDNAとして引き継がれ、人間を信頼できる本能が備わっているのではないかと思います。

その点、日本は昔から動物は「畜生」という言葉が象徴しているように、あまり良いイメージでとらえていない歴史があり、その潜在意識としてのDNAが人間ではわからないが、馬は微妙に感じ取ってしまい、「ああ、やっぱり所詮僕は家畜なんだ」と思わせてしまうのではないか。

したがって、日本のトレセンの労働災害を減らすためには、まず、競走馬の生産地から改善していくことがひとつの方法ではないかと思います。
人間も三つ子の魂百までというように馬もこの世に生まれて初めて接する「人間」という動物に対してどのように感じ取っていくのかが勝負のような気がします。おそらく、人間に対してストレスがないほうが本番のレースでも実力を発揮できるのではないでしょうか。

これは人間の赤ちゃんにも言えることですね。
人間も小さいころから親が愛情たっぷりに育てることが人間形成の上で非常に大切なことだと思います。

私の推測は間違っているかもしれませんが、競馬業界はヨーロッパの馬への接し方を研究して成果が出れば、もっと労働災害が減り、かつ、より強い馬に育てることができるのではないでしょうか。

競走馬トレセンの調教助手の帽子は未だに牛革で脳を守れるの?

昔、競走馬の某トレーニングセンター(以下「トレセン」という)で調教助手がレース前の調教をしていたところ、落馬して脳挫傷により死亡した労災事故がありました。
トレセンでは伝統的に厩務員(馬の世話をする労働者)は脳を守るためにヘルメットの着用が義務付けられていますが、調教助手は騎手と同じように牛革の帽子を着用しています。
騎手は野球選手と同じように労働者ではないので、脳を保護する義務はありませんが、調教助手は調教師に雇用された労働者です。
したがって、調教師は調教助手が安全に働くことができるよう労働契約法上の安全配慮義務を負います。

労働安全衛生法では、高所作業における墜落危険防止対策として、高さ2メートル以上の作業場所には手すりを設けることを原則とし、その措置が困難な場合は安全帯を着用させなければならないとされています。
しかし、馬の鞍上の高さは2メートル未満なので適用除外となっており、鞍上に手すりの設置はできないし、調教助手に安全帯などを着用させると落馬したときに引きずられてかえって危険です。

また、高さが2メートル未満であっても最大積載量が5トン以上のトラックの荷の積卸作業など労働安全衛生規則で規定された特定の作業には墜落危険防止用の保護帽を着用させなければならないとされていますが、調教助手にはその規定がないため、たとえ帽子が牛革であっても法違反はありません。

しかし、当時、何らかの再発防止対策を立てないと同じような事故が発生した場合に再び重篤な災害になる可能性があるため、私は事業主である調教師に対して調教助手にも厩務員と同じように墜落危険防止用の保護帽を着用するよう指導しました。

ところが、その調教師曰く、この帽子は日本競馬会が指定したものであるため、勝手にヘルメットに替えるわけにはいかないので日本競馬会に指導してほしいと主張しました。

そこで、私は日本競馬会の責任者を呼び出して指導したところ、この帽子は当時某大学の名誉教授に依頼して1年間かけて完成したものなので、早急にヘルメットに替えるわけにはいかないと主張し、現在に至ってもまだ改善されていません。改善しない理由は、おそらく馬は非常にデリケートな動物なので、騎手の少しの変化にもナーバスになるとしたら、帽子1つをとっても調教助手も騎手と同じ牛革に統一したいという思いが強いのだろうと思います。

要するに競馬の世界は人命よりも馬の調教を優先する世界なのです。

タイムカード等による労働時間の把握義務は法制化すべき

「労働時間」といえば最近話題となっている「働き方改革」の一環として、政府が過重労働防止対策として36協定(時間外労働・休日労働に関する労使協定のことで労働基準法第36条から来る略称)の時間外労働の上限時間を罰則を持って定めることを決定したことは記憶に新しいと思います。

労働時間の問題は昔からいろいろとあって、何度も労働基準法の法改正や新たな通達が発出されたりしました。
ところが、最も基本的な部分が真剣に議論されておらず、未だに通達レベルにとどまり、法制化されていないことがあります。

それは「始業時刻、終業時刻の記録」です。

1か月間の時間外労働時間の記録については、労働基準法第108条で賃金台帳に記載しなければならないと規定されていますので、ある程度の労働時間の把握については義務付けられていることになってますが、日々の労働時間の把握までの規定はないため、サービス残業(正式には「賃金不払残業」といいますが世の中ではサービス残業の言葉のほうが知られているのであえてこの言葉を使います)を行わせていて賃金台帳の時間外労働時間の欄が空白又ゼロになっていたとしても、臨検監督に来た労働基準監督官に対して当社は時間外労働はさせておりませんと言われれば、タイムカードや残業申請書など労働時間を記録したものがない限り、サービス残業の証拠を見つけることは容易ではありません。

しかし、そのような場合でもその会社の労働者の監督署への通報または申告によってサービス残業の実態があることがわかっている場合は、監督官が任意に労働者が使用しているパソコンのファイルやメールのログを見て、その時刻が所定終業時刻を過ぎている場合は、事実上残業があったという証拠になるため、その証拠を会社側につきつけてザービス残業をさせていた事実を認めさせます。

従来から会社が行っている労働時間の管理方法については、矛盾する点が1つあります。

それは何か。

それは、「労働時間を把握しないほど法違反を免れる可能性が高まる」ということです。

かつて、ある会社が監督官に臨検監督された際、タイムカードの記録と残業手当に見合う残業時間の数値に乖離があるとして、不払賃金の差額を遡及して支払ったことがありましたが、その後、その会社は再発防止対策?として、タイムカードを廃止しました。いわゆる証拠隠滅作戦です。
これだと次回監督官が来ても残業の証拠がないのでサービス残業のし放題というわけです。

しかし、そのようなことをしてもその会社の労働者がパソコンを使っていれば、ログの記録から残業の実態がばれるし、抜き打ちで労働者から聞き取りをすることもあるので、ばれる可能性があります。
また、会社がそのような犯罪をあからさまに行うと労働者はあきれてその会社のために一生懸命働いて会社に貢献したいという気持ちはなくなり、労働者全体の士気が下がり、事業は間違いなく下り坂に向かうでしょう。

つまり、サービス残業の実態が存在していた場合、タイムカードなど始業時刻と終業時刻の記録がなければ、会社側が否認した場合に証拠を示すことが難しいということです。

タイムカードがなくても残業するときは残業申請書を上司に提出させるやり方を取っている会社もありますが(役所のほとんどがこの形式)、この場合の問題は、その部署の残業時間を減らしたいために上司から圧力がかかり、残業申請しづらい雰囲気にさせ、結果、サービス残業をさせている場合があるということです。したがって、この場合もタイムカードなど客観的に労働時間を把握するものがない限り、サービス残業時間を把握することは難しくなります。

私はかなり前からこの問題意識を持っていて、かつて本省の知り合いの課長補佐にタイムカード等を使った労働時間の客観的な記録を法制化しないと労働時間を把握しない会社ほど罪を免れることになるので早急に法制化をお願いしましたが、まだその話は時期尚早だと言われました。

しかし、あれから相当な年数が経っているのに未だに法制化されていません。労働基準法関係の法改正は、常に経営者側の反対が伴うものなので、この問題も何らかの圧力があって通達に留まっているのかもしれません。