4人麻雀感覚に限りなく近い3人麻雀の新ルールを公開

学生時代など友人と麻雀をやりたいと思ったときになかなか4人揃わないときがあったと思います。3人麻雀の一般的なルールは2~8の萬子(マンズ)と北を除いて行いますが、それだと役は限られるし、4人麻雀の感覚とはほど遠いルールなので、ちっとも面白くありません。そのようなときに3人でも4人麻雀に近い感覚でできる方法を発見し、楽しんでいました。

そのルールは極めて簡単です。ここで通常の3人麻雀と区別するために私が発明した3人麻雀を「新3人麻雀」と呼ぶことにします。まず、136枚の牌は4人麻雀と同じく全て使います(牌を抜くなんて邪道!)。
風については、北も入れて、サイコロなどで東が決まったら、南、西の順で座ります。したがって、最初の東場の時は、最初に東だった人は次から北、西となり、最初に南だった人は次から東、北となり、最初に西だった人は次から南、東となります。
4人麻雀では流局となったときに王牌(ワンパイ)として最後に場に14枚残しますが、4人麻雀の4人のうちの1人の手牌が13枚手元に残るので、新3人麻雀では余計な4人目の手牌分としてさらに14枚残し、合計28枚を王牌として場に残します。
よって、ツモの回数は4人麻雀では、東と南では70枚の牌を東西南北の順でツモるので、東南は18回、西北は17回ツモることになりますが、新3人麻雀では、69枚の牌を東南西の順にツモるので、3人が平等に23回ツモることになります。

このように4人麻雀ルールでは、東南になった人は西北になった人よりもツモの回数が1回多いので、明らかに不平等なルールであり、ゲームの平等性の観点からすると合理的なルールとなっていません。
したがって、合理的なルールに変えるには王牌を2枚減らすか、2枚増やせば4人のツモの回数は同じになります。何故、麻雀のルールを作った中国人が王牌を14枚残したのか未だに謎になっています。
普通ゲームは、あらかじめ使わない札を決めないでゲームの決着がつくまで全ての札を使うのが一般的です。麻雀も全ての牌を使うルールにする(ドラは始める前に何かの方法で決める。しかし、裏ドラなし)動きが一部にあるそうですがまだまだ世の中は従来のルールが一般的になっています。

新3人麻雀でも全てに牌を使うルールにしても良いと思いますが、現在の4人麻雀の感覚に近づけたいのであれば、28枚の王牌を残したほうがよいでしょう。ここで、新3人麻雀だと4人麻雀よりも5~6回多くツモるので、4人麻雀の感覚に反するじゃないかという声が聞こえてきそうですが、全員の場に捨てられる牌の数の合計は4人麻雀でも新3人麻雀でもほぼ同じであり、新3人麻雀は4人麻雀に比べてロン上がりが5~6回減り、その分ツモ上がりが増えるので、上がるまでの確率はほぼ同じのはずです。

次に上がりの点数ですが、通常の3人麻雀では4人麻雀と同じになるように調整していますが、新3人麻雀は4人麻雀のツモ上がりの点数を基準とします。
つまり、子どもで満貫で上がると子から2,000点、親から4,000点もられるので、合計6,000点(4人麻雀だと8,000点)。親で上がると子供から4,000点ずつもらい8,000点となります。同様に跳満だと子で9,000点(4人麻雀だと12,000点)、親で12,000点(4人麻雀だと18,000点)となります。したがって、満貫のロン上りは新3人麻雀だと子で6,000点、親で12,000点となります。また、平和(ピンフ)・ツモの上りでは、20符2飜で子の上りは子から400点、親から700点で1,100点となり、親の上りは700点オールで計1,400点となります。ロン上りも同じ点数です。
新3人麻雀はツモ上がりを基準としているので、4人麻雀制よりも1人分少ない割合の点数になります。新3人麻雀では上がりの点数が4人麻雀よりも多少デフレ化しますが、これが最も4人麻雀制に近い考えの点数になるのです。

以上で新3人麻雀のルールを説明しましたが、いかがでしたか。このルールを参考にして、これから麻雀をやるときにどうしても3人しか集まらなかったときの参考としてください。
また、この新ルールにこだわらず、皆さんで好きなようにアレンジして楽しんでください。

 

 

 

 

 

 

 

初心者向けジャズのアドリブ演奏の上達の近道

私は大学生のころモダンジャズ研究会でジャズピアノを弾いていました。
ジャズファンの方はいつごろからジャズを聴いているのでしょうか。ジャズを聴くようになるころって人さまざまだと思いますが、ジャズを普段聴かない人はジャズって難しいとか、聴いてもよくわからないとか言う人もいるかもしれません。私も中学生まではほとんどジャズを聴くことはありませんでした。たまにどこからか流れてくるポピュラージャズでテイク・ファイブなどは、聴いていて心地よくとてもイイ曲だなあと子供ながら思ってました。ジャズとの接触はその程度で、中学のころはポップス、フォーク、ビートルズなどポピュラーな和洋音楽を聴いていて、高校あたりからロックに傾聴しました。

私は好奇心が強い性格なので聞いているだけでは物足りなくなり、自分で演奏してみたいという衝動にかられて、エレキギターで外国の有名なロックギタリストのコピーをしたりして、ロックギターのアドリブテクニックを磨きました。
私が学生のころ一番尊敬していたロックギタリストはテン・イヤーズ・アフターのアルヴィン・リーでした。私は大概のロックギタリストのアドリブはほぼコピーできましたが、アルヴィン・リーだけは、他のギタリストにはない独特のアドリブラインを持っていてその速さやテクニックはなかなかまねできませんでした。

当時のハードロックはブルースをベースとしたハードブルース(ロックンロール)が主流でした。ブルースは12小節で基本的なコード進行もきっちりと決まっているため比較的ハードブルースをマスターするのはそれほど難しくはありません。

ほかの人はどのようにアドリブの訓練をしているのか知りませんが、私の場合、譜面は一切見ないで、耳でアドリブラインを覚えて楽器に再現するという方法でした。
オクターブ奏法で一世を風靡したウェス・モンゴメリーも楽譜が読めず、全て耳で覚えて一流のジャズギタリストになりました。

一通りロックギターのテクニックを自分なりにマスターしたところでロックのアドリブに少し物足りなさを感じるようになってから、次第にジャズの複雑で先が読めないアドリブに興味を持つようになり、ジャズに傾いていきました。

年齢とともに音楽の好みが変わっていくのは、やはり子供のころは大人よりも素直な性格なので、わかりやすくて、単純で、比較的簡単なコードで構成している曲を好む傾向があると思いますが、中学生や高校生あたりになると、少し自我に目覚めた自分をアピールするような音楽や世の中を批判的な眼で見るようになり反体制的な考えを主張したいという思いが加わってロックなどのハードな音楽に共感を覚えていくことが多くなるのではないかと思います。実際、私の場合そのような尖った感性でロックを好むようになりました。

しかし、年を重ねるにしたがって、次第に性格が丸くなり人はロックから最後は演歌に変わったり、私のようにジャズに変わっていく人が多いのではないでしょうか。もちろん高齢になるまでハードロックを貫き通す人もいるでしょうが…。

私は、高校3年のころ、本格的なジャズは聴いてもその良さがあまりわからなかったので、まず、ロックとジャズを融合したフュージョンやクロスオーバーから入っていきました。当時はジャズトランペッターのマイルス・デイビスがその先駆者であったため、よく聴き、日本ではジャズギタリストの渡辺香津美(教本も買いました)やナベサダなどを聴いていました。次第にジャズのアドリブに抵抗がなくなっていき、次のアドリブラインが予測できるようになっていきました。
私が最も尊敬するジャズギタリストはジョーパスです。彼は、ものすごいテクニシャンでアドリブラインも独特でなかなかマネのできない人でした。

私はジャズピアノにもたいへん興味があったので、ジャズギターの練習をしながら、ジャズピアノも練習していました。
ロックもジャズも共通してアドリブを上達させる近道は、まずブルースのアドリブをマスターすることです。
ロックもジャズも基本はブルースです。
ブルースが演奏できなければロックもジャズも演奏はできません。
おおざっぱに言うとブルースを8ビートにすればロックンロールやハードブルースになり、4ビートにすればジャズになります(たまにジャズで16ビートがありますが…。)。

ブルースにおけるロックとジャズの違いはリズムだけでなく、もう1つ重要な違いがあります。それはコードの種類です。もちろんベースとなるキーは同じですが、例えばロックなどはキーがCであれば単純にCコードを使うのではなく、7thコードなどを使いますが、ジャズだと9thコードや13thコードなどを普通に使います。
なぜならジャズという音楽は、常に緊張と緩和を交互に出していかないと陳腐な音楽に聞こえ、飽きてしまうからです。
だから、ジャズは不協和音をたくさん使います。安定した音階で癒されるような旋律に慣れてきた人には最初は違和感があると思うのでジャズの音楽がすんなりと入っていかないのではないかと思います。

子供のころは普通甘いものが好きで、ピーマンのような苦みがある野菜などは嫌いな子供が多いですが、大人になるにつれて、たとえばビールやピーマンのような苦みも旨味と感じて好きになることが多いと思います。
ジャズの不協和音は食べ物に例えると、この苦みに相当するのではないでしょうか。要するに大人になって初めてわかる味なのです。私にとって不協和音はもはやとても心地よく聞こえる和音です。まさにジャズの真骨頂ともいえるもので、これなくしてジャズは成り立ちません。

ブルースのジャスのアドリブをマスターできれば、ジャズ独特のアドリブ回しのこつがつかめるので、それからブルース以外のジャズにそのフレーズなどを取り込みながらジャズのアドリブを磨いていけば早く上達するはずです。

ブルースのいいところは、全員がお互いに初対面でジャズセッションをするときにブルースは基本的に誰でも演奏できるはずなのでキーさえ決めればすぐにブルースの演奏ができるというところです。

私は大学のころ、毎年1回自由が丘にあった「ニューファイブスポット」という日本で最も由緒あるジャズのライブハウス(来日した外国の一流ジャズミュージシャンの多くがそこで演奏していたところ)で7人のメンバーの中でピアノを担当していました。ギターでも良かったのですがそのグループには既にギター担当がいたのでピアノにしました。私の得意技は速弾きです。好きなジャンルはバップからフュージョンでした。作曲も10曲くらいしました。当時、モダンジャズ研究会のギター担当の先輩がNHK教育テレビのジャズ講座の講師をしていました。その先輩は大学卒業後プロになったみたいです。

大学を卒業して以来、セッションを組んだことはありませんが、たまにはしてみたいなあと思います。

脳は司令塔ではなかった。人体と組織社会のフラクタル構造

最近の医学研究の進歩は目覚ましいものがあり、かつて人体の司令塔は脳であるというのが定説となっていましたが、その考えは正しくないことがわかりました。
人体には約60兆個の細胞がありますが、外部からの刺激に反応して、いろいろな臓器の細胞が自らメッセンジャー物質(情報伝達物質)を発して、他の臓器や脳に伝達して、行動を起こさせるというネットワーク構造となっていることがわかりました。
たとえば、脂肪細胞は非常に重要なメッセンジャー物質を持っていて、食べ物を食べて満腹になると、小腸にある脂肪細胞が満腹になったという情報を伝えるメッセンジャー物質(レプチン)を発して、血管を通って脳の視床下部に達すると満腹中枢の細胞とレプチンが結びつき、食欲を抑えて満腹感を感じさせ食べるのをやめさせます。
見方をかえれば小腸の脂肪細胞が脳に指令してこれ以上食べるのをやめさせているとも言えます。
このようなやりとりは、臓器と脳との間で行われているだけではなく、脳を介さないで臓器と臓器の間でも血管を通ってメッセンジャー物質の伝達によってやりとりが行われています。

つまり、血管がネットワークとなり、臓器や細胞の中に存在しているメッセンジャー物質が血管を通って他の臓器や脳に伝達され、全ての臓器や細胞が一体となって人体をコントロールしています。

これを会社(人体)に例えると、ある部署(臓器)がある情報を入手したとき、その情報を他の全ての部署(臓器)と社長(脳)に伝え、他の部署(臓器)が影響を受けるものであれば、その部署(臓器)が緊急対応するとともに、社長(脳)が各臓器などにあらためて指令を出すようなものです。

考えてみると組織体と言うものは、皆似たような構造をしています。
国と地方自治体も基本的に地方で解決できるものは地方で処理し、国全体にわたるものは国が指令を出します。
世界(人体)も基本的には各国(臓器、細胞)がネットワーク(血管)で結んで貿易や情報(栄養素、メッセンジャー物質等)をやりとりしていますが、何か世界的な問題(温暖化問題、小氷河期到来問題、核問題等)が発生した場合は、解決に向けて国連や世界的な機関(脳)が協議・決定します。

これは数学的にいうと、この世の中に存在する組織体はフラクタル構造(入れ子構造)に近いものがあるのではないでしょうか。
フラクタル構造とは、簡単にいうと、例えば,樹木の枝,海岸線,積乱雲,肺や血管の構造、雪の結晶、株価の変動等、遠くから見ても近くから見ても同じ形に見える構造のことをいいます。

特に組織体を構成している各組織の数が多くなればなるほど全体を統制することが難しくなっていくので、ある程度は各組織の判断で決定して行動してもいいということになっていきます。

これを会社で例えると、小さな会社はワンマン社長が全ての社員の動きを掌握して具体的な指令を出すという場合が多いと思いますが、大企業は社長が全ての社員の行動を把握することは不可能なので、支店ごとの動きや部署ごとの動きまでを把握して会社全体の経営判断をしていくと思います。
つまり、大企業では組織体が大きくなっているので、日々の具体的な支店などの運営については支店に任せているというようなものです。

人体は約60兆の細胞から成り立っているので、脳はワンマン社長ではなく、大企業の社長となって、ネットワーク(血管)を通じて、日々の運営について任されている各支店長(各臓器)に全体的な指令あるいは特定の支店(臓器)に指令を出しているのです。