原発を廃止すべき理由

原子力発電所は火力発電所よりも半分程度のコストでエネルギー変換できるため、低コストでエネルギーを取得できるとして、経済の発展には欠かせないという政府や原子力関係者の言葉に騙されている国民はまだ多いのではないでしょうか。

この「低コスト」とは、目先だけのコストであって、最終的には処分等に莫大なコストがかかります。1つは原子力発電所の老朽化に伴う廃炉に係るコストです。この廃炉のノウハウさえ確立していない段階で核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)処理を含めて今後莫大な税金がつぎ込まれます。
また、稼働中においても常に核のゴミが出るので、原子力発電所の敷地内に核のゴミを置くスペースももはや限界に来ています。
原子力発電所が稼働し続ける限り、この核のゴミは無限大に向かって増え続けます。その核のゴミを無害なものに処理する方法は今のところ存在しません。
地中とかどこかに捨てるしかないのです。

政府は平成12年「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」を定め、地下300メートルより深く安定した地層に処分する「地層処分」を決めました。しかし、平成14年から原子力発電環境整備機構が行ってきた公募に対して、受け入れた自治体には多額の交付金を支給するという条件があるにもかかわれず、なかなか応募する自治体が現れません。
そこで政府は、平成27年、最終処分地に自治体が応募する方式から、国が地震や火山の影響を受けにくい複数の「科学的有望地」を示し、受け入れを打診する方式として選定を主導する形に転換しました。

しかし、外国人と比べて、日本人は国民気質として総論賛成、各論反対の民族なので、原子力発電所は賛成しても自分の地元を核のゴミ捨て場所にすることは絶対に許さない民族です。
したがって、日本において、フィンランドやスェーデンのように地中とはいえ特定の場所を核のゴミ捨て場所にすることは今後も実現しないでしょう。

しかも日本は地震大国であり、地震の発生のおそれがないということで国が核のゴミの最終処分場として指定しても、阪神淡路などかつて地震のなかった地方でも大きな地震が発生している事実がある以上、100%大きな地震が発生しないという保証は今の科学技術レベルの段階ではどこにもないでしょう。

日本では今後も核のゴミの最終処分場の決定が期待できない以上、このまま無限大に向けて核のゴミを増やし続けることはまさに自殺行為です。
たとえていうと限られたスペースの中でどんどん有害なゴミが出続けているのに捨てる場所がないことがわかっていて、かつ、有害なゴミの原因を絶つ選択肢があるのに目先の利益にとらわれて、その原因をなくさないことと同じです。

この問題は日本だけではなく、世界的な問題であり、現在、世界では核のゴミの最終処理場(地中)を決めているのは2か国(フィンランドとスェーデン)だけです。

仮に、日本でも最終処分場が決定したとしてもゴミ処分にかかるコストや周辺住民への補償金、自治体への交付金、老朽化して廃炉にするときのコスト、また地震等で設備が破壊されたときのコスト等を考えると火力発電よりはるかにコストがかかります。また、そのようなコストを無視しても現在の水力発電で得られるコストより2倍かかります。

結論からいうと、原発そのものの危険性についての議論を別にしても、核のゴミが出ないような処理技術が発明されない限り、原発は永久に稼働させるべきではありません。もし、その処理技術が科学的に不可能であることが証明されたのであれば原発は全てなくすべきです。このままだと地球自体が無制限に汚染されていき、いつか自然からの仕打ちが来るでしょう。

また、原発の稼働そのものについても、現在の地震学のレベルや日本の陸地の構造は大地震発生が避けられない構造となっており、日本のどこにおいても大地震が発生する可能性がある以上、そんな地震大国に原発を設置するのは自殺行為です。

原発を残したいという人間の心理としては、せっかく科学の最先端の技術を駆使して発明されたものだし、リアルタイムでは火力発電よりも低コストで得られるエネルギーを使うほうが今の日本経済を良くする可能性があるという理由が多いと思われますが、そういう人は日本や世界の未来像を考えたことがあるのでしょうか。
原発はリアルタイムでは確かに他のエネルギーよりは比較的コスト安ですが、長い目でトータルで計算すると原発は高コストなのです。

ドイツでは、7年前に福島原発が地震でメルトダウンした事故を知ってから、すぐに全ての原発を廃止し、太陽エネルギーや火力発電などに切り替えることを決定しました。リアルタイムではまだ原発よりもコスト高になっているそうですが、その決断はさすがドイツ人だと敬服します。

原発の被害をまだ受けていない外国でさえ将来のとりかえしがつかないリスクを予想してすぐに原発を廃止したのに、取り返しがつかない原発事故を発生させた地震大国の日本がこれからも原発を稼働させていく方針をとっているのは異常な国であると言わざるを得ません。
これはやはり国の将来の安全よりも目先の大きな利権が原発の撤廃を阻止しているとしか思えません。

日本人は職人気質のところがあって手間暇かけて長い間続けてきたことを廃止して(あるいは変えて)、何か新しいことに変革することがなかなかできない国民だと思いますが、将来取り返しがつかないときを迎える前に今決断をすべきです。

一生に一度は絶対に行く価値のある秘境

私は若いころは全国のいろいろなところに旅行しました。その中でも最も感銘を受けたのは迷いなく知床にある「カムイワッカの湯の滝」と言えます。
私は若いころ友人数人と東京から車で夏場に2回ほどカムイワッカの湯の滝に行きました。
そこに行くには舗装されていない長く狭い道を車で行くしかなく、駐車できるスペースもあまりないため、大勢の観光客が来るようなところではありませんでした。
しかし、今は有名になってしまったので知床自然センターからシャトルバスが出ているそうです。また、観光客がにぎわう8月1日から8月25日の間はマイカー規制があって車とバイクの乗り入れは出来ないそうです。
完全な秘境に近く、人間の手がほとんど加わっていないところです。したがってトイレもありません。

当時はまだ世の中にあまり知られていなかった秘境で、そこは大量の温泉が湧き出て渓流となっています。渓流の底は岩場となっていて、渓流の深さは浅いところで足首当たり、深いところで膝くらいまでです。渓流は酸性度の強い温泉なので生物は住んでいないそうです。

その渓流の中に入って岩場を登っていきます。渓流の温度はちょうどぬるい温泉の温度なので、とても気持ちがよく大自然の中を沢登りする体験は一生に一度味わう価値があります。
途中で岩場をロープを伝ってよじ登ったりしなければならないところも確かあったと思うので小さな子供や老人は危険かもしれません。

その渓流をしばらく登っていくと滝と滝つぼがあるところに到達します。
そこで当時は裸になって滝つぼの温泉に入りました。滝つぼは1つだけで、男女用に分かれていないため、当時は、滝つぼの端に男女ごとに見張りを立てて、男女交替で素っ裸で滝つぼに入ったと記憶しています。
しかし、2回目に訪れたときは、既に有名になっていたので、滝つぼには男女混浴で水着で入っていました。

滝つぼの温泉の色は普通の温泉では見たこともないあざやかなエメラルドグリーンの色をしていました。
滝つぼの深さは腰から胸のあたりだっと思います。
私は好奇心が強い性格なので、そのすばらしいエメラルドグリーンの温泉を飲んでみたくなりました。
当時はまさにあまり知られていない秘境なのでその温泉を飲めるのかどうか一切表示などされていないので飲んでいる人は一人も見かけませんでした。しかも生物が住めないような強酸性の温泉なので飲んではいけなかったのかもしれませんが私は思い立ったら何の躊躇もなく少し味わってみました。

私はその味にびっくりしました。
まさに酸っぱいレモネードの味でした。

これは信じられないかもしれませんが、カムイワッカの湯の滝の温泉をそのまま喫茶店に出しても何の違和感もなく飲んでしまうほどおいしい味でした。私はもともと酸っぱい味が大好き(たとえば、バナナもまだ甘くなる前のすっぱ味が残っている若いバナナが好きだし、イチゴやかんきつ類も酸っぱいものが好き)なので余計に感動しました。

その温泉を飲んでいいのかどうか未だにわかりませんが、その後健康上何も変わらないので飲んでも大丈夫だと思います(ただし、大量には飲まない方が無難だと思います)。

また、滝つぼのところの滝の脇の岩場をロッククライミングしている若い男がいましたが、途中で墜落しました。幸い奇跡的に大けがには至らなかったようでした。当時は滝のロッククライミングをする命知らずの者が何人かいましたが、そのような危険なことは絶対にやめましょう。

この世界でも奇跡と言えるカムイワッカの温泉は一生に一度は人生の思い出として、沢登りできなくなるほどの老齢になる前に絶対に行く価値はあります。

知床は世界遺産になっていますが、このカムイワッカの湯の滝はその世界遺産の中の世界遺産だと思います。